構造方程式モデリングとは
パス解析でKPI波及を可視化
構造方程式モデリング(SEM)は、重回帰分析・因子分析・パス解析を組み合わせた統合手法です。KPI同士の関係を仮説として矢印で結び、実データからその矢印1本ごとの影響の強さ(パス係数)を推定します。結果はそのまま有向グラフ(パス図)として描けるため、「新機能の利用率を強化するとMAU・利用時間・有料転換率・売上にどれだけ波及するか」を、勘や部署ごとの主観ではなく数値で示せます。R(lavaan)・Python(semopy)どちらでも無料で実装できます。
01.結論:SEMのパス図でKPIの波及効果を数値化する
「ある施策や機能の変更が、他のKPIにどう波及するか」を議論するとき、多くの現場では担当者ごとの経験則やKPIツリーのような階層図に頼りがちです。KPIツリーは「KGIを構成要素に分解する」には向きますが、KPI同士が双方向・多対多で影響し合う関係(MAUが有料転換率にも売上にも効く、利用時間も有料転換率に効く、といった重なり)を表すのは苦手です。
この重なり合った影響関係を、仮説として矢印で結び、実データから矢印1本ごとの影響の強さ(パス係数)を推定するのが、構造方程式モデリング(SEM)のなかのパス解析です。推定結果はそのまま有向グラフとして描けるので、「Aを強化するとB・C・Dにこれだけ波及する」を、社内の共通言語にできます。以降、この作り方と実装、注意点を順に見ていきます。
ノード(丸や四角で表す要素。本記事ではKPIが1つのノードになります)を矢印でつないだ図のことです。矢印の向きが「どちらからどちらへ影響するか」を表し、矢印に添える数値が影響の強さ(パス係数)を表します。本記事のパス図も、この有向グラフの一種です。
02.構造方程式モデリング(SEM)とは
構造方程式モデリング(Structural Equation Modeling、以下SEM)は、重回帰分析・因子分析・パス解析の機能を併せ持つ統合的な統計手法です。日本語では共分散構造分析とも呼ばれ、マーケティングリサーチの文脈ではこちらの呼び名の方がよく使われます。どちらも同じ手法を指す別名だと考えて問題ありません。
- 重回帰分析:複数の変数から1つの結果を予測する手法
- 因子分析:観測できる複数の変数の背後にある、目に見えない共通因子を取り出す手法
SEMは、この2つを土台に、複数の変数間の因果的な仮説をネットワーク状につなぎ、係数をまとめて推定できるようにした手法だと捉えると理解しやすくなります。
重回帰分析との一番の違いは、「結果」が1つに限られない点です。重回帰分析は「複数の説明変数 → 1つの目的変数」という一方向の式しか扱えませんが、SEMは「MAU → 有料転換率 → 売上」のように、ある変数が別の式では説明変数にも目的変数にもなる、連鎖した関係を1つのモデルとしてまとめて推定できます。この連鎖の部分だけを取り出したものが、本記事で中心的に扱うパス解析です。
03.因子分析とパス解析の違い
SEMを学ぶとき、多くの人が最初につまずくのが「因子分析とパス解析、結局どちらを使えばいいのか」という点です。この2つは目的が異なります。
| 観点 | パス解析 | 因子分析(を含むフルSEM) |
|---|---|---|
| 扱う変数 | MAU・売上・課金率など、そのまま測定できる「観測変数」だけ | 観測変数に加えて、直接測定できない「潜在変数(共通因子)」も扱う |
| 向いている問い | 「Aの変化がB・C・Dにどれだけ波及するか」を数値で示したい | 「顧客満足度」のような抽象的な概念を、複数の指標から数値化したい |
| モデルの複雑さ | 比較的シンプルで、実務のKPI分析にそのまま使いやすい | 測定モデル(因子分析)と構造モデル(パス解析)を両方組む分、解釈のハードルが上がる |
本記事のテーマである「機能Aを強化するとB・C・Dに波及する」を可視化する用途では、MAUや売上のようにそのまま測定できる観測変数だけを使うパス解析で十分なケースがほとんどです。「潜在変数を使って、目に見えない概念(顧客満足度・ブランド力など)を数値化したい」場合は、因子分析まで含めたフルSEMが必要になりますが、これは今回のテーマとは別の問いに答える手法です。
因子分析そのものや、主成分分析との使い分けについては、以下の記事で基礎から整理しています。
多変量解析の基礎
重回帰分析・主成分分析・因子分析・クラスター分析を、目的変数の有無とデータ型の2軸で整理した手法選択マップです。
回帰分析の基礎
重回帰・ロジスティック回帰の係数の読み方、多重共線性、正則化までを整理しています。
04.作り方の5ステップ
パス解析でKPIの波及効果図を作る流れは、次の5ステップです。
- 1仮説となるパス図を描く
『どのKPIがどのKPIに影響しそうか』を、業務知識をもとに矢印で仮に結ぶ。SEMはこの仮説構造を事前に決める必要がある点が、後述するデータ駆動の手法との一番の違い。
- 2データを集める
日次・週次のKPI時系列、またはユーザー単位の集計データを用意する。変数間の対応が崩れないよう、集計粒度と期間をそろえる。
- 3ソフトウェアで推定する
R(lavaan)やPython(semopy)にモデル式とデータを渡し、最尤法でパス係数を推定する。
- 4適合度を確認する
CFI・RMSEAなどの適合度指標で『この仮説構造がデータにどれだけ合っているか』を確認する。合っていなければ1に戻って構造を見直す。
- 5パス係数を解釈し、意思決定に使う
有意なパス係数の大きさを比較し、『どのKPIに投資すると波及が大きいか』を社内で議論する材料にする。
適合度が悪い場合はステップ1のパス図(仮説構造)自体を見直す、を繰り返すのが実務の進め方。
ポイントは、ステップ1の「仮説となるパス図を先に決める」という部分です。SEMは、データから自動的に構造を発見する手法ではなく、分析者が立てた仮説構造の上で、係数の大きさを検証する手法です。この前提は、後述する「注意点と限界」でもう一度取り上げます。
05.Rのlavaanで実装する
Rでパス解析・SEMを行う定番パッケージが、無料で使えるlavaanです。ここでは、架空のKPIデータ(新機能の利用率・MAU・平均利用時間・有料転換率・売上の日次データ)を例に、モデルを書いて推定するところまでを見ます。
install.packages("lavaan") # 初回のみ
library(lavaan)
# kpi_daily: new_feature, mau, engagement, paid_rate, revenue を
# 日次で並べたデータフレーム(すべて数値・標準化前でよい)
model <- '
mau ~ new_feature
engagement ~ new_feature
paid_rate ~ mau + engagement
revenue ~ mau + paid_rate
'
fit <- sem(model, data = kpi_daily)
summary(fit, fit.measures = TRUE, standardized = TRUE)~ は「左辺が右辺から影響を受ける」ことを表すlavaan独自の記法です。mau ~ new_feature は「MAUは新機能の利用率から影響を受ける」という1本の矢印を意味し、複数の矢印をまとめて書くとパス図全体になります。summary() に fit.measures = TRUE を渡すと、後述する適合度指標が、standardized = TRUE を渡すと標準化されたパス係数(後述するシミュレーターと同じ「標準偏差(SD)単位」の係数)がまとめて出力されます。
06.Pythonのsemopyで実装する
Pythonでは、同じことをsemopyで実装できます。モデル式の書き方はlavaanとほぼ同じで、pandasのDataFrameをそのまま渡せます。
# pip install semopy
import pandas as pd
import semopy
df = pd.read_csv("kpi_daily.csv") # new_feature, mau, engagement, paid_rate, revenue 列を持つ
model_desc = """
mau ~ new_feature
engagement ~ new_feature
paid_rate ~ mau + engagement
revenue ~ mau + paid_rate
"""
model = semopy.Model(model_desc)
model.fit(df)
print(model.inspect()) # パス係数・標準誤差・p値の一覧
print(semopy.calc_stats(model)) # CFI・RMSEAなどの適合度指標model.inspect() でパス係数(Estimate)・標準誤差・p値が、semopy.calc_stats(model) で適合度指標がまとめて確認できます。既存の分析基盤がPython中心のチームは、この時点で追加の言語を持ち込まずに済みます。
適合度指標の目安は、Hu & Bentler(1999)に基づく一般的なカットオフ基準として、次の4つを押さえておけば十分です。CFI・TLIは数値が大きいほど良く、RMSEA・SRMRは数値が小さいほど良い、と向きが逆になる点に注意してください。1つの指標だけで判断せず、4つをまとめて確認し、全部が目安を満たしていれば当てはまりが良いモデルと判断します(後述のシミュレーターでは、プリセットごとにこの4つを実際にチェックできます)。
| 指標 | 向き | 良好な目安 | 意味 |
|---|---|---|---|
| CFI(比較適合度指標) | ↑ 大きいほど良い | 0.95 以上 | 何もつながっていない最悪のモデルと比べ、どれだけ改善したか |
| TLI(タッカー・ルイス指数) | ↑ 大きいほど良い | 0.95 以上 | CFIに近い考え方で、変数の数によるペナルティを加味した指標 |
| RMSEA(近似誤差の二乗平均平方根) | ↓ 小さいほど良い | 0.06 未満(0.08未満は許容) | モデルとデータのズレの大きさ |
| SRMR(標準化残差二乗平均平方根) | ↓ 小さいほど良い | 0.08 未満 | 相関構造の再現誤差 |
ここまでで2種類の数値が出てきました。どちらも同じ推定(fit)から一緒に出力されますが、役割が違います。
- パス図の矢印に付く数値(パス係数):矢印1本ごとの影響の強さ。ゼロから遠い(絶対値が大きい)ほど影響が強く、符号は影響の向きを表します(マイナスなら「一方が増えるほど他方が減る」)。係数は自分で決めたり調整したりするものではなく、データを与えるとlavaan/semopyが自動で推定します。
- 適合度指標(CFI・TLI・RMSEA・SRMR):個々の矢印ではなく、パス図全体の仮説がデータにどれだけ合っているかの判定。適合度が悪いモデルでは、個々の係数がいくらもっともらしく見えても信用できません。
つまり「まず適合度で全体の当てはまりを確認し、合格なら係数を読む」という順番です。適合度が悪いときに手を入れるのは係数ではなくパス図の構造(矢印の引き方や入れる変数)で、構造を修正したら再推定して適合度を確認し直します。ただし、適合度の数字だけを追いかけて矢印を足し引きするのは危険です(「注意点と限界」の章で詳しく説明します)。修正は業務知識で正当化できる範囲にとどめてください。
07.触って理解する|KPI波及効果シミュレーター
数式だけだとイメージがつかみにくいので、架空のKPIパス図で実際に触って確認できるシミュレーターを用意しました。サブスクアプリ・マッチングアプリ・メディアサイトの3業種を切り替えられ、上部のランキングで「最終成果指標に一番効くKPIはどれか」を即座に確認できます。さらにノードをクリックすると、そこから下流のKPIへの総合効果(直接効果+間接効果)が、経路ごとの内訳つきで表示されます。プリセットの下部には、前章の適合度4指標をそのプリセットの数値でチェックした一覧も表示されます。パス係数の数値を直接編集したり、矢印そのものを外して「パス図の構造(仮説)を変えたら波及はどうなるか」を試したりもできます。実装後には「予測 vs 実測」を比較する検証ツールも使えます(使い方は次の章で説明します)。
業種の違う3つの架空KPIネットワークを切り替えて試せます。数値は解説用に作ったモデルで、実在企業や当サイトの実データではありません。
値は各KPIから「売上」への総合効果(標準化係数ベース)。1位(◎)が、同じだけ動かしたときに最も波及が大きいKPIです。
矢印に添えた数値の右にある「*」は統計的有意性の目安です(*: p<0.05/**: p<0.01/***: p<0.001)。「*」が多いほど「偶然のズレではなく本当に関係がある」と言える確からしさが高く、star無しの数値は統計的に有意でない(誤差の範囲内かもしれない)ことを示します。
矢印の数値を書き換えたり、「外す」で矢印そのものを消したりすると、上のパス図・ランキング・下の内訳テーブルがすぐに再計算されます。「この経路が無かったら?」「この係数がもっと強かったら、一番効くKPIは入れ替わる?」というパス図の仮説(構造)の見直しを自分の手で試して確かめてみてください。
※実務では係数を手で決めることはなく、データを与えるとR(lavaan)やPython(semopy)が自動で推定します。構造(矢印の引き方)を変えたら係数を推定し直すため、残った矢印の係数も本来は変わります。このシミュレーターは「経路がどう効いているか」を理解するために残りの係数を固定したまま計算しており、有意性の「*」と適合度チェックの数値も元のモデル推定時のままです。
- 新機能の利用率 → MAU
- 新機能の利用率 → 平均利用時間
- MAU → 有料転換率
- MAU → 売上
- 平均利用時間 → 有料転換率
- 有料転換率 → 売上
SD(標準偏差)は、そのKPIが普段どれくらいばらついているかを表す単位です。「1 SD動かす」は、そのKPIを実際の値(円や人数など)ではなく「普段のばらつき1回分」だけ動かしたら、という仮想的な変化量を意味します。標準化されたパス係数は単位(円・人数など)が違うKPI同士を公平に比べられる代わりに、この抽象的な「SD」でしか語れません。
| 下流の指標 | 理論上の変化量 | 経路の内訳 |
|---|---|---|
| 売上 | +0.663 SD (総合効果 0.663) | MAU → 有料転換率 → 売上: 0.18 × 0.46 = 0.083 MAU → 売上: 0.58 |
| 有料転換率 | +0.180 SD (総合効果 0.180) | MAU → 有料転換率: 0.18 |
「MAU」を実際に1 SD 動かした施策を実装したとして、「売上」の実装前後の実データを入力すると、パス係数から予測した値と実測値を比較できます。ズレが大きければ、モデルに入っていない別の要因が働いた可能性があります(実務では自分のデータで推定したパス係数に置き換えて使ってください)。
モデルの予測値: 100.0 + 0.663 × 1 SD × 20.0 = 113.3
実測値との差: 120.0 − 113.3 = +6.7(実装前SDの +0.34 倍)
→ 予測を上回っています。モデルに入っていない追加の要因(他の施策・季節性など)が働いた可能性があります。
「仮説として組んだパス図が、このデータにどれだけ合っているか」を4つの指標で確認します。1つだけでなく、4つまとめて見て「全部良好」なら安心、1つでも外れていたら仮説の構造を見直す、という使い方をします。
| 指標 | このモデルの実測値 | 良好な目安 | 判定 |
|---|---|---|---|
| CFI | 0.97 | 0.95以上 | ✓ 良好 |
| TLI | 0.96 | 0.95以上 | ✓ 良好 |
| RMSEA | 0.03 | 0.06以下 | ✓ 良好 |
| SRMR | 0.04 | 0.08以下 | ✓ 良好 |
「このモデルの実測値」列が、それぞれ「良好な目安」列の条件を満たしていれば判定は✓良好になります。プリセットによって結果は変わります(例:「もう一つの例」はTLI・SRMRが基準を下回ります)。切り替えて比べてみてください。
※ 総合効果=直接効果+間接効果(経路上の係数の積の合計)。標準化されたパス係数なので単位は「標準偏差(SD)」です。%で語りたい場合は非標準化係数に変換するか、実データでシミュレーションしてください(本文参照)。
「サブスクアプリの例」を使って、起点を変えたときの計算のされ方を実際に見てみましょう。
ケース1: MAUを起点にした場合
- 直接効果: MAU→売上の矢印1本=0.58
- 間接効果: MAU→有料転換率→売上を経由する分=0.18 × 0.46 =0.083
- 総合効果(直接効果+間接効果): 0.58 + 0.083 =0.663(ランキング1位の数値と一致)
ケース2: 新機能の利用率を起点にした場合
- 経路1: 新機能の利用率→MAU→売上=0.42 × 0.58 = 0.2436
- 経路2: 新機能の利用率→MAU→有料転換率→売上=0.42 × 0.18 × 0.46 = 0.0348
- 経路3: 新機能の利用率→平均利用時間→有料転換率→売上=0.35 × 0.31 × 0.46 = 0.0499
- 総合効果(3経路の合計): 0.2436 + 0.0348 + 0.0499 = 0.3283 ≒ 0.328(シミュレーターは小数第3位までの表示です。「新機能の利用率→売上」への直接の矢印はモデル上に無いため、この3経路はすべて間接効果です。直接効果はありません)
2つのケースを比べると、MAU(0.663)の方が新機能の利用率(0.328)より売上への総合効果が大きいことが分かります。MAUは売上への直接効果に加えて有料転換率を経由する間接効果も持つため、波及の総量が大きくなるからです。この「経路をすべて洗い出し、経路上の係数を掛け算し、それを足し合わせる」という手順が、パス解析における「総合効果=直接効果+間接効果」の考え方そのものです。R(lavaan)でも、パスにラベルを付けて(例: mau ~ a*new_feature):= 演算子で間接効果を定義すれば(例: indirect := a*b)、同じ数値を自動計算させることもできます。
08.実装後、本当に効果があったか検証する
パス図が完成したら、それを使って「新機能を実装したら本当に効果があったか」を検証するフェーズに進みます。SEMのパス係数はあくまで過去データにおける相関構造から推定した数値であり、「この機能を実装すれば必ずこれだけ効く」という保証ではありません。実装後の検証には、確実さが異なる3つの方法があります。
| 方法 | 内容 |
|---|---|
| ① A/Bテスト(最も確実) | ユーザーをランダムに新機能あり/なしの2群に分け、KPIの差を比較します。他の要因が両群でおおむね均等になるため、最も確実に効果を測れます。実施できるなら、この方法を優先してください。 |
| ② 前後比較+介入時系列分析 | 全ユーザーに一律ロールアウトするなどA/Bテストできない場合は、リリース前のトレンドを延長した『施策がなかった場合の予測値』と、リリース後の実測値を比較します。単純な前後比較だけだと、季節性やトレンドの変化を施策効果と取り違えてしまう点に注意してください。 |
| ③ SEMモデルの予測値と実測値を比較する | パス解析の総合効果(本記事のシミュレーターで計算した数値)を『過去の相関構造から見た期待値』として、起点KPIの実際の変化量から予測される終点KPIの変化量と、実測値を比較します。①②が使えないときの簡易チェックとして使えます。 |
③の考え方を、上のシミュレーターで試してみましょう。「サブスクアプリの例」で起点を「新機能の利用率」に選ぶと、売上への総合効果は0.328(SD単位)でした。これは「新機能の利用率がリリース前の標準偏差1つ分だけ動けば、売上も0.328標準偏差分だけ動くはず」というモデル上の予測を意味します。実装後、シミュレーターの「実装後、本当に効果があったか検証する(予測 vs 実測)」に、実装前の売上の平均・標準偏差と、実装後の売上の実測平均を入力すると、この予測値と実測値の差を自動計算できます。
- 実測値が予測値とほぼ一致:パス図の相関構造が、この施策についても実際の変化と整合していたことを示唆します(ただし、これは相関構造が再現されたという傍証にとどまり、それ自体が因果効果の証明にはなりません)。
- 実測値が予測値を大きく上回る:新機能そのもの以外の要因(同時期の別施策、季節要因、外部環境の変化など)が重なっている可能性があります。
- 実測値が予測値を大きく下回る:新機能の効果が理論値より小さいか、他の要因によって効果が相殺されている可能性があります。パス図の仮説自体を見直す材料にもなります。
モデルの予測値との比較は、A/Bテストのような厳密な効果測定ではありません。実測値が予測値と一致していても、それは「過去の相関構造が今回のケースでも成り立っていた」ことを示すに過ぎず、他の要因が偶然重なって一致した可能性を排除できません。可能な限りA/Bテストを優先し、それが難しい場合は介入時系列分析を使い、モデルの予測値との比較はそれらが使えないときの簡易的な目安として使ってください。
09.注意点と限界
SEMは強力ですが、万能ではありません。実務で使う前に、次の点を押さえておいてください。
| 論点 | 内容 |
|---|---|
| パス図は事前の仮説 | SEMは構造をデータから発見してくれません。矢印の向き自体が分析者の仮説なので、業務知識のない人がいきなり組むと、もっともらしい嘘のグラフができてしまいます。適合度が悪いからといって、業務知識の裏付けなく数字合わせで矢印を足し引きするのも、事後の仮説いじりという意味で同じ問題を抱えます(そのデータにだけ都合よく当てはまるモデルになりがちです)。 |
| 相関であって因果ではない | 推定されるのはあくまで統計的な関連の強さです。『Aを強化すればBが本当に上がる』と言い切るには、A/Bテストなど別の因果推論の手続きが必要になります。 |
| 非線形な関係には弱い | 基本のSEMは線形関係を前提とします。U字型のような非線形な関係は、そのままでは正しく捉えられません。 |
| サンプルサイズが要る | 変数やパスの数が増えるほど、安定した推定には多くのサンプルが必要です。日次データが数十件しかない、といった状況では推定が不安定になります。 |
特に「相関であって因果ではない」という点は見落とされがちです。パス解析はあくまで相関構造の分解であり、「Aを強化すればBが上がる」という因果の証明にはなりません。「相関と因果を混同しない」考え方の基礎は、以下の記事で詳しく整理しています。
相関分析の基礎
ピアソン・スピアマン相関係数の使い分けと、『相関≠因果』(交絡・擬似相関・逆因果)の見抜き方を整理しています。
A/Bテストできない施策の効果測定
差分の差分・傾向スコアマッチングで、観察データから施策の因果効果を取り出す手順を整理しています。
「どのKPIとどのKPIが関係しているか、そもそも仮説が立てにくい」という場合は、いきなりパス図を組むのではなく、まずラグ付き相互相関(時系列KPI同士を、時間差をずらしながら相関計算し、どちらが先行して動くかを機械的に洗い出す手法)で候補ペアを絞り込み、それを踏まえてパス図の仮説を立てる、という2段構えが有効です。パス解析はあくまで、仮説構造の上で係数の強さを検証する手法だと割り切ると、使い所を見誤りません。
10.よくある質問(FAQ)
構造方程式モデリングと重回帰分析は何が違いますか?
重回帰分析は「複数の説明変数→1つの目的変数」という一方向の式しか扱えません。構造方程式モデリング(SEM)は、ある変数が別の式では説明変数にも目的変数にもなる、連鎖した関係を1つのモデルとしてまとめて推定できる点が違います。「MAU→有料転換率→売上」のような多段階の波及構造を一度に扱えます。
パス解析と構造方程式モデリング(SEM)は同じものですか?
パス解析はSEMの一部です。SEMは重回帰分析・因子分析・パス解析を併せ持つ統合手法で、そのうち観測変数だけを矢印でつなぎ、影響の強さを推定する部分がパス解析にあたります。「KPIの波及効果を見たい」という用途では、潜在変数を使わないパス解析だけで完結することがほとんどです。
因子分析は必ず使う必要がありますか?
必須ではありません。因子分析は「顧客満足度」のような直接測定できない概念を、複数の指標から数値化したいときに使います。MAUや売上のようにそのまま測定できるKPI同士の波及効果を見たいだけなら、観測変数だけを使うパス解析で十分です。
R(lavaan)とPython(semopy)はどちらを使えばいいですか?
どちらも無料で、書けるモデル式もほぼ同じです。統計・学術寄りのチームやRに慣れている場合はlavaan、既存の分析基盤やパイプラインがPython中心の場合はsemopyを選ぶと、余計な言語を増やさずに済みます。機能面での大きな差はなく、チームの既存スタックで選んで問題ありません。
サンプルサイズはどれくらい必要ですか?
変数やパスの数によりますが、目安として「推定するパラメータ数×10件以上」が一つの基準としてよく使われます。パスが数本の小さなモデルなら数十〜100件程度でも推定できますが、変数を増やすほど必要な件数も増えるため、日次データが数十件しかないような状況では、まず集計期間を延ばして観測数そのものを増やすことを検討してください(週次・月次に粒度を粗くすると観測数はさらに減ってしまうため逆効果です)。
適合度(CFI・RMSEAなど)はどれくらいが目安ですか?
目安として、CFIとTLIは0.95以上、RMSEAは0.06未満(0.08未満は許容範囲)、SRMRは0.08未満であれば当てはまりが良いとされます。1つの指標だけで判断せず、複数の指標を組み合わせて確認してください。数値が悪い場合は、変数を減らす・関係の向きを見直すなど、パス図の仮説自体を修正します。
データ駆動の相関ネットワーク(ラグ付き相互相関やグレンジャー因果性検定)とSEMのパス図はどう使い分けますか?
仮説の有無で使い分けます。ラグ付き相互相関やグレンジャー因果性検定は、KPI同士の関係を仮説なしに機械的に洗い出すデータ駆動のアプローチです。SEMのパス解析は、分析者が立てた仮説構造の上で係数の強さを検証する仮説駆動のアプローチです。関係の仮説が立てにくいときは、先にデータ駆動の手法で候補ペアを絞り込み、それをもとにパス図を組む2段構えが有効です。
無料で試せますか?
はい。R(lavaan)・Python(semopy)はいずれもオープンソースで無料です。本文のコード例のように、KPIの時系列データをCSVで用意できれば、追加のライセンス費用なしにパス解析を試せます。
11.まとめ
構造方程式モデリング(SEM、共分散構造分析)は、重回帰分析・因子分析・パス解析を組み合わせた統合手法です。今回のテーマである「Aを強化するとB・C・Dにどれだけ波及するか」を可視化する用途では、観測変数だけを使うパス解析で十分なケースがほとんどです。R(lavaan)・Python(semopy)はどちらも無料で使え、パス図の仮説を組んで係数を推定し、適合度で当てはまりを確認する、という流れは共通です。ただし、推定されるのはあくまで相関構造であり、因果の証明にはA/Bテストなど別の手続きが要ることは忘れずに扱ってください。
自社のKPIでパス図を組んでみたいものの、どの変数を仮説に含めるべきか、適合度が思うように改善しないなど、最初の一歩でつまずきやすいところです。
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